産業医科大学 精神医学教室 中村 純 先生
H15年10月掲載
一般の人々の間でうつ病に対する認識が広まってきて、以前なら来院しなかった軽症、中等症のうつ病の人の受診が精神科診療所で増加しています。
しかし、本当に中核になるような重症のうつ病の患者さんまで増えているのかというと、決してそうではないと思われます。
うつ病には単極型うつ病といってうつ病だけを繰り返しているうつ病と、躁うつ病といってうつ病と躁病を繰り返しているうつ病があります。
躁うつ病の躁病の初期には入院治療が必要となることが多いのですが、精神科医の実感として躁病の入院が増えたということはありませんので、精神科病院に入院しなければいけないほど重症な躁病やうつ病がわが国で増えていることにもならないと思われます。
単極型うつ病と躁うつ病では治療薬が異なりますから医師としては鑑別が重要になります。
すなわち、単極型うつ病では抗うつ薬が用いられますが、躁うつ病では炭酸リチウムなどの気分安定薬が主体的に用いられます。最近では以前考えられていたより躁うつ病が多いのではないかと言われています。
但し、10年前だったら苦しくてもうつ病の時期が過ぎるまで治療を受けずに自宅で我慢していた人や仕事や家事ができないので周囲から怠け者と思われながらうつ病の期間を過ごしていた人には、軽症や中等症の患者さんが多かったのですが、このような人たちも精神科の看板を気にせず受診されるようになりました。心療内科、労災病院や産業医科大学のメンタルヘルスセンターなども精神科の敷居を下げる役割を果たしていると考えています。
さて、うつ病は「治る」病気ですが、「再発する可能性も高い」病気です。「こころの風邪」という人もいますが、私は「こころの肺炎」くらいにはうつ病を考えないと患者さんにとっては深刻な病気なのでそのつらさを共感できないと思っています。
我が国でこの5年間連続して自殺した人が3万人を越えていますが、その7割はうつ状態・うつ病とされており、たいへん怖い病気ともいえます。
うつ病の症状でもっとも初期に患者さんが自覚する症状は、「億劫感」とされています。意欲が涌かない、気分がすぐれず何をするにも興味が涌かないなどとなるとうつ病ということになります。
また特徴的なことは気分に日内変動があるということです。朝の気分が悪く、朝は何もできないのに夕方になると普通の状態ほどに回復する人がいます。そうすると他人からみると「怠け」ではないか。「もう少し頑張ってみてはどうか」などの言葉がでるのも自然かも知れません。
しかし、朝になるとすっかり元気をなくし、患者さんは辛い思いを経験します。話をよく聞いて、見守ることが一番大切です。ストレスになっているものが明らかなことも多いですから、そのストレスから遠ざける工夫も必要です(休養)。症状は変動しながら回復しますから、周囲の人もあせらないことです。
また、うつ病には眠れない、食欲が落ちた、頭痛、便秘、のどが渇くなどさまざまな身体症状があります。最近は副作用の少ないSSRIやSNRIなどの抗うつ薬がでましたら十分量、十分の期間服用することをすすめます。くせになったりするようなお薬ではありません。自分でもうつではないかと思われたら躊躇されずに専門医を受診して下さい。
心の病も早期発見、早期治療が最も重要です。