北九州市立八幡病院精神科 白石 康子
H15年9月掲載
近年わが国では自殺者数が増加し、1998年には急増し、3万人を越えるという事態を迎えてしまいました。増加の原因として中高年の自殺者数が増加したことが指摘されていますが、青少年の自殺も増加しています。
北九州市立八幡病院救命センターに搬送された自殺未遂者数もこのような世情を反映してか、10代と50代で多くなっています。
私自身がここで経験した青少年の自殺未遂に特徴的なことは、まず方法としては、致死的な方法はとらず、大量服薬とリストカットが多く、かつ繰り返す人が多いということです。薬については市販薬、病院で処方された抗精神薬両方の場合がありますが、インターネットの影響で彼等の薬に対する知識(中には誤った知識もありますが)や関心の高さには驚くことがあります。
次に動機としては、中高年が借金や失業など現実的な問題を挙げるのとは大きく違って、人間関係の悩みが多く、青年期の精神的な不安定さを反映しているようです。恋人と別れた、親子関係がうまくいかない、同性の友達の中で孤立してしまったなどという状況で、自分の無価値感、無力感に囚われることが死んでしまいたいという気持ちに繋がるようです。見捨てられ感を抱きやすく、人の評価を過度に気にして傷つき易く、孤独ということを非常に怖れているようです。これは一個の人間としての自我が確立されていないせいもあるでしょう。一方では傷つけられたことへの怒りを心の内に込め、時として自殺によって相手に復讐しようという心理も働くようです。患者さんの中には「このくらいじゃ死ねないとわかっていた」と言い放つ人もいます。このような患者さんは総じてコミュニケーションが不得手、つまり自分の気持ちを内省することや言語化することができず、また相手への共感性も乏しいようです。自分のことで精一杯であり「誰か助けて」と心の中で叫んでいるのかもしれません。
青少年期の特性を考えると、自我同一性確立のための時期であり、このような対人関係の不安定さは程度の差こそあれ、誰にでも共通するものです。またこの時期の衝動性の強さが自殺未遂の引き金になっている可能性もあります。その意味では自殺衝動は思春期危機の範疇として捉えることができます。しかし最近ではそれに社会的な要因、つまり家族関係をはじめとする人間関係の希薄化、ストレスに対する耐性の低さ、死に対する現実感の無さ、などの要因が絡んで自殺へのハードルが低くなっているのではと危惧しています。またインターネットの中に自殺や自傷を魅力的なものとして青少年を引き込んでしまうサイトがあることも影響していると思います。
私たちの心には健康な強い部分と病的な弱い部分の両方があり、その割合は変わっても、どちらか一方だけということは無いと思います。一個の人間として成長していく過程でその健康な部分を伸ばしていって欲しい、周囲の大人も弱い部分だけを問題視するのではなく、健康な部分を生かして本来持っている良さを伸ばせることに心を砕いて欲しいと思います。
最後にここでは青少年の心理特性の上から自殺未遂者の心理背景について述べましたが、自殺の原因としてうつ病や統合失調症のような精神疾患が存在することもあります。このような場合はまず治療が必要です。精神科疾患を除外するためにも自殺未遂があった場合は専門家に相談されることをお勧めします。