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こころのメッセージ


こころの応急対応 (メンタルヘルス・ファーストエイド)の紹介

九州大学大学院 医学研究院 精神病態医学分野
九州大学 先端融合医療レドックスナビ研究拠点
特任准教授(医学博士) 加藤 隆弘

H26年8月掲載

メンタルヘルス・ファーストエイド(MHFA)とは?

メンタルヘルス・ファーストエイドとは、メンタルヘルス(心の健康)の問題を抱える人に対して、専門家による支援の前に提供する支援のことです。メンタルヘルス・ファーストエイドの目的は以下のようなことです。

  • 自傷・他害の恐れのある人の生命を守ること
  • メンタルヘルスの問題がさらに悪化するのを防ぐ支援をすること
  • 健全なメンタルヘルスの回復を促進すること
  • 精神疾患を患う人が安心できるようにすること

(「専門家に相談する前のメンタルヘルス・ファーストエイド」(創元社)より抜粋)

メンタルヘルス・ファーストエイドの開発者はメルボルン大学のA・ジューム、B・キッチナー夫妻です。キッチナー夫人はかつてうつ病を患ったことがあり、患者としての経験が開発の原動力となっているようです。
オーストラリアでは、医療に関わる人々に限らず一般市民を対象として、メンタルヘルス・ファーストエイド研修プログラムが普及しています。
メンタルヘルス・ファーストエイドには以下のような5原則があり、研修プログラムの参加者は講義に加えてロールプレイなどの実技を通じて対応法を習得します。

5原則を「り・は・あ・さ・る」と覚えてください。

(1)リスク評価(り)
(2)判断・批判せず話を聞く(は)
(3)安心と情報を与える(あ)
(4)サポートを得るように勧める(さ)
(5)セルフヘルプ(る)

私達は、2007年に若手精神科医の有志としてメンタルヘルス・ファーストエイド・ジャパン (MHFA-J)というチームを作り、オーストラリアでの研修を直接受講し、日本版メンタルヘルス・ファーストエイドを作成し、国内での普及活動に取り組んでいます。
また、メンタルヘルス・ファーストエイドは、内閣府の自殺予防ゲートキーパープログラムに採用されたり東日本大震災の被災者支援にも活用されており、一般市民に普及されつつあります。
本稿では、自殺の背景因子として社会的問題にもなっている「うつ病」に対するメンタルヘルス・ファーストエイドについて説明します。

うつ病のメンタルヘルス・ファーストエイド

うつ病が疑われる人に対して行うメンタルヘルス・ファーストエイドの5原則は以下のようなものです。

(1)「リスク評価(り)」

自傷他害の危険性、特に自殺の危険性を評価します。メンタルヘルス・ファーストエイドでは、「死にたい気持ち」について本人へ直接尋ねることを強く勧めています。しかし、直接的に「死にたい気持ち」について尋ねることは難しいでしょう。そこで、以下のような尋ね方をオススメしています。
(例)「あなたほど苦しい状況にあるなら、死にたくなるような(消えたくなるような)気持ちがでてくるかもしれませんねえ・・・こうした気持ちが生じてくるのは珍しいことではなくよくあることです・・・。」
なお、「リスク評価(り)」が最初の原則であるからといって最初から死にたい気持ちを尋ねる必要はありません。話を聴きながら、「死にたい気持ち」に思いをめぐらせておくことが大切という意味で一番目に位置づけられています。

(2)「判断・批判せず話を聞く(は)」

うつ病が疑われる人には、まず今どのような気持ちなのか、本人から話してもらえるように心がけます。こうした人は口調がゆっくりであったり、小声であったりして、次々と質問したくなるかもしれません。
しかし、こうした態度をとることで、相手が本心を話せなくなることがあります。そのため、語る人の立場になってじっくりと耳を傾けることが大切です。
(実際にはとても難しいので練習が必要です)

(3)「安心と情報を与える(あ)」

三番目は、相手が希望を持ち、気持ちが楽になるように手助けします。特にうつ病のメンタルヘルス・ファーストエイドでは、以下の点を伝えることオススメしています。

  • 「うつ病は医学的な問題であること(治療可能な「病気」であること)」
  • 「うつ病は珍しくない病気であること」
  • 「うつ病は弱さや性格の問題ではないこと」
  • 「うつ病は怠け病ではないこと」
  • 「効果的な治療法があること」
  • 「医師やカウンセラーからよい助けが得られること」など

研修参加者の感想をお聞きすると、この部分が最も難しいようです。なぜ、この三番目は難しいのでしょうか?参加者から挙げられたのは、「精神科医でもない私が相手にうつ病と伝えて良いのか?」という戸惑いでした。メンタルヘルス・ファーストエイドでは、「うつ病」を診断する必要は全くなく、「うつ病」である可能性(「かもしれない」)を相手が安心出来るように伝えることが肝心です。そのためには、『自信を持って』伝えることが必要です。
例えば、以下のような伝え方をオススメしています。
(例)「私は精神科医ではないから詳しくは分からないのだけど、以前参加したうつ病に関する研修会で聞いたときの症状とあなたの今の状態はなんだか似ているのよね・・・・もしかしたら、うつ病の可能性があるかもしれません・・・うつ病はこのストレス社会においては誰でもなりうる病気で・・・うつ病と聞くと驚くかもしれませんが、今は薬やカウンセリングなどできちんと治療すれば良くなるんですよ・・・。」

(4)「サポートを得るように勧める(さ)」

四番目は、これまでの関わりで相手に安心と情報を与えた上で、精神科・心療内科等の具体的なサポートへ繋がるよう関わります。

(5)「セルフヘルプ(る)」

最後は、自分で対処できる方法を伝えます。アルコールをやめたり、適度な運動などを勧めてみましょう。

おわりに

本稿では、日常場面において遭遇する可能性の高い、うつ病が疑われる人への早期介入の方法についてお話しました。市民のみなさんが精神疾患の可能性が疑われる人々への適切な対応法を身につけることは早期介入・早期治療を可能とし、国民全体の精神保健の向上に繋がると大いに期待されます。
是非、このメンタルヘルス・ファーストエイドのスキルを身につけていただければ幸甚です。

参考文献

「専門家に相談する前のメンタルヘルス・ファーストエイド(心の応急処置マニュアル)」(創元社,2012)

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