高齢社会をよくする北九州女性の会 代表 冨安 兆子(よしこ)
H15年10月掲載
平成10年以降日本では自殺者が毎年3万人を越す状況が続いていますが、60歳以上の割合はその3分の1強を占めています。老年期に高くなる自殺率は、日本のみならず高福祉の国々でも共通しています。これは自殺の動機が心身の不調や経済的不安だけでなく、老年期に特に複合的に生じやすい精神的・環境的要因、たとえば役割の喪失、愛する対象との別離、孤独感の高まりなど、物理的な条件整備だけでは解決できない要素を含んでいることを示しています。世界的に人口構造の高齢化が進むなか、高齢期の自殺は先進工業国での大きな課題と考えられていますが、高齢化率が世界のトップクラスにある日本でも益々重大な問題となることでしょう。他の年齢層に比して、高齢者の自殺に向かう態度には屈折した微妙な点が多く、徐々に深く潜行するために、予防はきわめて困難だとされて来ました。それだけに、医療機関はもとより、家族やコミュニティでのきめ細かい適切な対応が求められます。
性別では、何れの年代でも男性の割合の方が高いのですが、日本の特徴は高齢期の女性の自殺率が伝統的に高い国際比を示していることにあります。現在、日本の女性は85歳という世界一の平均寿命を獲得しています。長命であることは本当に望ましいことですが、一方、人生の後半部が長くなったことで心身の病気や故障が生じやすい条件にあることも否定できません。減少しつつあるとは言え、日本では西欧諸国に比して子供世帯との同居の割合はまだまだ高く、夫と死別後の高齢女性の状況は比較的安定していると考えられがちです。しかし、家族と同居しているためにかえって顕在化する所謂「世代間の断絶」からの孤立感・疎外感の方が、独居の孤独感よりもはるかに深く胸を噛むものであることに、私達はもっと意を用いる必要がありそうです。
自殺の誘引として専門家が最も多く指摘するのがうつ病・うつ状態です。心身機能の衰退に加えて、配偶者や親しい友人・知己の死、或いはまた、住み慣れた土地を離れ子供の住む都会に呼び寄せられたりした場合にも起こるさまざまな喪失体験が重なると、うつ病とまではいかなくても、しばしばうつ状態に陥ります。高齢者の場合、うつ感情や抑うつの症状は必ずしも明確ではなく、食欲不振、疲労感、不眠などの身体的な訴えや、漠然とした不安感、焦燥感、意欲の低下として表れることが観察されています。信頼できるかかりつけ医がある場合は、このような徴候をいち早くキャッチして適切な処置を受けることができます。
高齢女性の自殺予防のために、是非つけ加えたいことは虐待の早期発見です。家族内の虐待は外から見えにくいだけに、大きな危険を孕んでいます。介護を要する高齢者の場合、介護保険を上手に利用して介護にあたる家族の心理的、肉体的負担を軽減することによって、虐待を招かないようにすることも危険の防止につながります。
高齢になればなるほど、私達は死を意識するようになります。信仰を確立している人はマイナスのイメージでなく死を受け容れやすいようですが、そうでない場合は病苦や死への不安は一層強いのかも知れません。死の不安の裏側には必ず生の不安があると言われます。私達はいかに生き、いかに死ぬかをタブー視せずに考えつつ、確かな死生観を自分のうちに養っておくことが肝要な時代に生きていると言えるのではないでしょうか。
自殺への傾斜を招来する「自己存在の危機」をどのように回避するかは、他人事ではなく、私達自身にとっても重要な課題です。種々の喪失体験がもたらす継続的な不安感やうつ状態から抜け出し心の平安を保つためには、予期せぬ体験を含めて現実を受け容れる能力が必要な気がします。そのためには日頃から心の中を話せる人間関係を培っておくこと、私たちそれぞれが周囲の人の気持に配慮し、心から耳を傾け、必要があれば上手に情報提供して、適切な機関につなぐことができる市民であることが求められていると思います。