福岡大学医学部精神医学教室 衞藤 暢明
H26年8月掲載
自殺を図った(自殺行動を起こした)人を自殺企図者といいます。この人たちの心理状態には、共通する3つの状態があります。
苦しい状態が続いて、自殺以外の解決策が見えなくなる状態をいいます。
心理的な負荷が長くつづいた場合に、ふだん考えられることが考えられなくなり、問題の解決策も見えなくなる状態をさします。(図1)心理的視野狭窄の状態では、苦しい状態を終わらせる手段として「自殺」しか見えなくなり、その結果、自殺行動が起きることになります。
図1
自殺行動におよぶ際、ほとんどの人が「死にたい」気持ちだけではなく、一方で「生きたい」気持ちをもっています。(両価性)
また、死にたい気持ちがそのままずっと続くことはありません。(一過性)
この状態はしばしば振り子に例えられます。振り子が振れるように、死にたい気持ちと生きたい気持ちの揺れが起こり、揺れが大きくなれば大きくなるほど自殺念慮の段階(考えている状態)にとどまれなくなり、ついには自殺企図(自殺行動)に至ります。(図2)
図2
そわそわして落ち着かない、動き回る、イライラしやすい、などの行動に表れるいわゆる焦燥感は、自殺行動に移る前の重要な行動上の特徴です。焦りや不安が強まっている時には、すぐに行動に移りやすい状態といえます。
前記の3つの心理状態のいずれかがみられれば、対応において重要なことは、自殺行動に移る前にブレーキをかけることです。それぞれの心理状態に対する対応を示します。
まず心理的な視野を拡げる必要があります。自殺以外の具体的な問題の解決法をその人に示すことが役立ちます。
自殺行動に移る時には、考え(自殺念慮)を超えてしまっている場合が多く見られます。当面の対応として、その人が死にたい気持ちを話せる状態にする(とどまる)ことを目標とします。対応する人は、死にたい気持ちを話すことで、かえって自殺行動へ移る危険を増やしてしまうのではないかと心配するかもしれません。
けれども実際には死にたいという気持ちを話したから自殺行動に移るということはなく、むしろ緊張が少なくなったり、生きたい気持ちに注目しやすくなったりします。
すぐに行動に移る可能性が高くなった状態と言えます。安全な場所に連れて行く、自分を傷つけるような物を遠ざけるなど(自殺の手段を遠ざける)の対応を急いで行う必要があります。
また、この「焦燥感」が積極的に気持ちを落ち着ける薬(向精神薬)の使用が必要となることもあります。
自殺未遂者の約9割以上に何らかの精神障害があります。(図3)精神障害をICD-10というWHOの分類にしたがってみてみると、さまざまな精神障害が含まれます。(※4)
それぞれの精神障害に対して専門医療機関での治療が必要になります。精神症状のコントロールを図ることで、将来の自殺企図を防ぐことができます。
自殺行動に及んで、自殺未遂者と判断された場合には基本的に精神科的治療が必要です。
図3
家族に対する心理教育の中で、自殺を考えていると打ち明けられた場合の具体的対応の方法として、「TALKの原則」(表1)(※5)があります。
Tell | はっきり言葉に出して「あなたのことを心配している」と伝える。 |
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Ask | 死にたいと思っているかどうか、率直に尋ねる。 |
Listen | 相手の絶望的な気持ちを徹底的に傾聴する。絶望的な気持ちを一生懸命受け止めて聞き役に回る。 |
Keep safe | 危ないと思ったら、まず本人の安全を確保し周囲の人の協力を得て、適切な対処をする。 |
死にたい気持ちに関連した問題を解決する上で、それぞれの相談窓口を通じて支援を受けることができます。できるだけ早い時期に相談先を決める必要があります。(※6)
※1)高橋祥友,福間詳:自殺予防教育.自殺のポストベンション 遺された人々の心のケア, 医学書院,東京,pp109-124, 2004
※2)衞藤暢明:自殺予防には人材教育が不可欠!当院の自殺予防人材養成プログラムの要点を具体的に紹介します.精神看護14(6):11-25, 2011
※3)エドウィン・S・シュナイドマン(著),高橋祥友(訳):自殺のシナリオ.シュナイドマンの自殺学 自己破壊行動に対する臨床的アプローチ,金剛出版,東京,pp33-48, 2004
※4)衞藤暢明, 西村良二:心理教育.精神科救急における治療戦略.臨床精神医学43(5):763-768,2014
※5)高橋祥友.自殺予防プログラムとは何か.新訂増補 青少年のための自殺予防マニュアル.高橋祥友編著.東京,金剛出版, pp29-45. 2008
※6)衞藤暢明、松尾真裕子:自殺企図者へのアプローチ シーン別アプローチ② 入院、帰宅、転院調整および他職種との連携編. EMERGENCY CARE24(11);29-36,2011